Art School Design English

私とグラフィックデザインとの出会い

私がグラフィックデザインを自分のキャリアにしようと決めたのは、ちょっとした出来事と縁と運がきっかけです。

日本で働いていた時、手に職をつけたい、という事が焦りでもあり夢でもありました。アメリカに来る時に抱いていた夢は、もしも英語ができるようになったら手に職つけて、アメリカで働けたら面白そう、ということでした。

どんな職が自分に合ってて、ものにできそうな可能性があるのか。日本で生け花小原流の准教授の資格をとっていたので、英語が身についた後はアメリカのフラワーアレンジメントを学んで教室しようかな?と思っていた時期もありました。お花の師匠も、オーストラリアで私の生徒が教室しているけども、あなたもアメリカでしたらいいのよ?と、簡単に(笑)言われていました。でもどこでどうやって?剣山は自分が買って貸す?花器はこっちのでは風情がないけどこれも自分が買うの?とか。結構実現不可能だなあと。

ある日、アメリカ人の知り合いにその人の庭を見せてもらいながら、「私は花の仕事をしようと思っているのだ」と話をしていた時に庭に虫がいてて、「私は虫が嫌いです」という話になり、「そりゃあ可笑しい話だ、虫が嫌いなのに花の仕事なんてできないでしょ?!」と思いっきり笑われました。確かにその通りだと恥ずかしくなりました。私のお花の仕事の夢はそこで終わり、じゃあどうしようと。

日本でインテリアデザインのスクールにも夜間1年半通い設計図とパースの練習をしましたが、私は家作りにはそこまで情熱がないような気がしたので、インテリアデザインも無理だなあと。

そんな時、たまたま近所の学校のカタログをパラパラと見ていて、グラフィックデザインという文字を見ました。アートの学部か、かっこいいやん!と、若いって素晴らしいものでノリはあくまでも軽く、先のことも考えず。コンピューターはほんの少しなら使えるし、ちょうどいいやん!(根拠なしの自信!)と思いました。

その学校のグラフィックデザイン科の勉強内容を見ていると非常に興味が湧き、何か素敵な物をコンピューターで作るのか、なんだか楽しそう!と漠然と思いました。そういえば子供の頃、紙袋とチケットと説明書のセットを作って親にあげるのとか好きだったよなあ、とそんなことも思いました。アメリカにいるとビザの問題があるので、ゆっくりと考えている時間はなく、他の選択肢がもうなかったので飛び込みました。

そんなわけで、必須一般教養のクラスとアートの基礎クラスからスタートすることになりました。英語が何言ってるかわからずクラスにも全くついていけてない、人生初めて落ちこぼれになった本当に辛く苦しかった最初の学期、その後も議論では相変わらず落ちこぼれだったけど課題や予習はどうにかこなせるようになり、心の広いクラスメート達と優しく励まし教えてくれた先生達と出会えたのもあり、どうにか途中脱落せずにこれました。

2年大卒業間際には、デザインのクラスで先生のアシスタントに指名されたり(思わず嬉し泣きしてしまい恥ずかしかった、、)新聞社で広告をデザインするインターンシップをし、返金必要なしの奨学金もいくつか頂き、よし!グラフィックデザインで行こう!と心が決まっていきました。その後は奨学金を頂けた4年の美大に移り、どっぷりグラフィックデザインを勉強しました。

グラフィックデザインと私の出会いはこんな風でした。ちょっとした出来事と縁と運がきっかけなんて、人との人との出会いでもそう言いますが!あなたはどこでどうやってグラフィックデザインと出会いましたか?

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